昭和40年01月04日 夜の御理解
一、二か月にもなるでしょうか。永瀬さんの奥さんがお夢の中にお知らせ頂いておられます。『月のうちに一回でもいい。月のうちに一日でもいいて。今日は永瀬の家の先祖のために、今日は自分の里の家の霊様達のためにというて、心をこめて奉仕しなければならなん』と言ったようなお知らせを頂いておられる。ね。月に一日でもいい。それが信心だというような御理解を頂いとられます。
今日は、永瀬さんの奥さんのお父さんの立ち日に当たるというので、ご両親の慰霊のお祭りという訳じゃないけれども、お礼を申して頂きたい、霊に喜んで頂きたいと言うて、ささやかながらお供えども持ってから、今晩みえられました。そいでまあ只今の御祈念にあわせて、その事を奉仕させて頂いたわけでございます。ほんとにその私共の日々の信心生活というものが、せめて月のうち一日だけでもと、例えば先祖に思いを通わせるという事、ね。それが例えば、日々神様に自分の心を通わせるという事。
昨日、上熊本の方達が大勢で参ってみえられました中に、高木さんという方が、じゃありません、もみたさんという方が、熱心に夫婦で参ってみえられます。ここでお願いをなさいますのに、息子さんが一人息子さんがですね、が京都の大学に行っておる。非常にその胃腸が弱い。それで神様にもお取次を頂いて、お願いをしてありますが、おかげを頂いて、その、この正月に帰ってみえられた。ところが帰ってから、間もなくその胃腸が悪いというて、寝込んでしまわれた。というお願いだったんですね。
子供が、親が子供の事を願うのは切である。その切実な願いを神様が聞き届けて下さらんはずがない。ね。神様に必ず、通うって。親が子の事を願う。ね。ところが、ね、ただ願う、切実に願う、神様に通う、けれども、次には親の煩情(ぼんじょう)がです、ね、いわゆる人間心が、その、おかげを散漫にしてしまう。希薄なものに、薄いものにしてしまう。これではおかげが受けられん。ね。神様にお願いをした。神様が受けて下さった。切実な願いを聞いて下さった。
おかげが流れてくる、その流れてくるおかげを、他の方へ流してしまうような働きを親がしておる。例えて、まあ言うならば、こげなもん食べちゃ胃にゃ悪かぞ。こげなな、腸に悪いぞと言うて、言いよるような事はないかち言うたら、「もう、先生、もうその事を頂きゃ、そのとおーりの事でございます」と。ね。あちらにまいりましてから二年間、大学にまいりましてから二年間、一遍も胃腸で寝たことがないと言うことでございます。一所懸命、願っておる時には。
ところが、帰らせて頂いた途端に、その、もちろん正月といえばお御馳走がありますもんですから、あんた、これを食べちゃいかんよ。あれを食べ。もう、食べるというものを、あれも食べさせん、これも食べさせん、でおるのにもかかわらず、胃腸で寝てしもうたち。そんなに、はっきりしておる訳ですね。これは、私は、あの、おかげ上に一切同じ事が言えると思うんですよ。ね。切実に皆さんが、例えば、お金が足りんならお金が足りんことを、切実に願われる。
体が悪いなら体の悪い事を切実に願われる。その願いを神様が聞き届けて下さらんはずがない。だからおかげも送って下さりよるのだけれどもです、例えばそういうような人情がですまあ言うならば、神様の心に叶わないような心が散漫にしておる訳なのです。私は今晩そんな事をですね、お願いさせて頂いとりましたんですよあの永瀬の。そしたらこりゃあ今晩の御理解の事でしょうね。『獅子心中の虫』という事を頂きました。
今日は四日会(よっかかい)で、先生方の初の会合でしたから、午後から、御神酒を一献さしあげました。ま、その前に、先生方に聞いて頂いたことでございますけれども。とにかく、先生方、まあ今年、椛目にご縁を頂いとる方も全部でございますけれども、先ず、先生方、総代さん方、又、言うならば、幹部の皆さんという方達がです、もう勢いがなかったら、もう、その、何の世界でも、何の事でもですね、同しことですが、幹部に勢いがなかったら、もう駄目だちゅうこと。
今朝から、永瀬さんがお届けされますのに、初夢に、『立派なもんじゃないけれども、丁度、看板板になるような看板に、その、看板を書いておられる。「神愛会」と書いておられる。そして、後は何て書こうかなと。「神愛会なになに仮事務所」と書こうかと思うておるところで目が覚めた。』ち。ね。今年こそ、それが必要な時なんです。これが昨日、堤清さんの、しめきちさんの息子ですたい、が、朝の、元旦早々、父親が亡くなっておるというお夢を頂いた。
もう目が覚めてからもうそれこそ慄然とした。あんまりそのはっきり頂いたもんだから。その時ところでその、清さん考えたちゅうんですね。ハアー今年は椛目の十五年祭。それにさまざまな難儀な、椛目的難儀の問題がたくさんあると。総代の御用を頂いておる父がです、ね、例えばもう元旦早々、今年はもう亡くなっておると思うてから、後の事は私が引き受けた。お父さんあなた椛目の御用に打ち込んで下さい。
そういうような信心をさせてもろうたら、助けて頂かんことはなかろうと思うた、と言うお届けをしております。ね。総代の上にですそういう働きが確かにあってるんです。ね。私今朝からその先生方に聞いて頂いたのですけれどもです、お互いの信心がです、ほんとぉに地味豊かな、包容力のある親切な真心のこもった、しかも教導力というか、ね、皆を、いわば引っ張って行く力というものを頂かにゃいけませんて。
まあ、これは、秋永先生を前にしてだけれども、いうなら秋永先生なら秋永先生の信心は、どういう所に、皆があそこに集まるかということをひとつ、思うてみなきゃいかん。ねえ。もう、夜も昼もない、さ、先生が椛目に来るち言やあ、ひとつれぞろぞろ付いてくるでしょうが。何かと言やあ、秋永先生とこに皆が行くでしょうが。伊万里の竹内先生のことをひとつ思うてみなきゃいけない。
この元旦祭なんかには、伊万里からだけでも三十八名。それに熊本の兄さんたち夫婦やら、奥さんたちやら合わすと、四十何名のものが竹内先生に付いて、行たり来たりしておるということ、椛目に。ね。これは何か竹内先生やら、その、いわゆる、なら、秋永先生あたりの中にです、何かがあるということです。ね。指導力もあろうけれども、それと、もうひとつです、例えばそうですもんね。竹内先生あたりのような、まあ、いうなら最高のインテリでしょうがねえ。
あそこに集まって来られる、中には、非常にいわば程度の低い方達もたくさんあるです。ところが、「竹内先生、竹内先生」ち言うてから、慕うてから、竹内先生のところに行かれるということですたいね。いかに竹内先生が、真心と包容力を持って接しておられるかということがわかるですね。こりゃ確かにひとつ、ほんと、これは何か自分たちに欠けておるものを、総代幹部、例えば先生方がです、感じて下さって、もう、例えば、椛目の幹部的な信心を頂いておる人達の周囲にはですねえ。
少なくとも、私は家族中が付いてこなければと。親戚中がついてこにゃおられん。というようなものが育って行かなければ、ほんとな事じゃないじゃないだろうかと。ここにひとつ思いを置いて今年はねえ、おかげ頂かにゃいけんのじゃないだろうかと言ったような御理解を皆さんに聞いて頂いておりまして、そして今晩頂く事がその『獅子心中の虫』ちゅう事。これはあの忠臣蔵の一力茶屋の場のところでございますですねえ。
大野くろべいを内蔵助が、ね、家の下に居るとを、ひと刺しに刺してから、あの舞台の真ん中に連れてきてから、「お前こそ、本当の獅子心中の虫だ」と言うて、罵倒いたします。あの、獅子は百獣の王と言います。ですからね、獅子は死んでもですね、他の獣が、決して獅子の肉だけは食べないそうです。けれどもね、その、中身から涌いてくる虫が食べてしまうそうです。獅子の中身から涌いてくる、その、虫が涌いて、食べてしまうち。なるほど椛目でたくさんおかげを頂いておる。
おかげも頂いておるけれどもです、「獅子心中の虫」的なものがです、私共の中身にありゃせんかという事です。道を塞いだり、ね、かえって、あれどんが言いよる位なら、神様も知れたものちゅうような思い方されておるような向きはないだろうかと言うことです。ね。例えば、竹内先生あたりの例は、それと、そこんところが反対なふうになってきておる。ところが、自分たちが、例えば、道の邪魔をしておるような事はないだろうか、ということです。私共はですね、やはり今年は、そういうようなです。
「獅子心中の虫」が自分の身の中にありゃせんか、というようなものを、徹底、追求してです、ね、そこんところが、私は改まり。こりゃ、例えば、家族のものでも同し事。特に、家族のものなんか、そこのところを真似にゃいけん。例えば、これだけの御ヒレイを頂いておるがです、家族の一員としてから、自分たちが、ほんっとに、お道を穢すような在り方になっておるような事はなかろうかと。
成程、朝晩、み教えを頂いとられる金光様の信心の家庭に育っておられる方達だから、なんとはなしに違うと言ったものはあるか、反対のものがあるかと。反対のものがあるようならば、それをもって「獅子心中の虫」と、私は言うのだと、こう思うのです。ね。もう、十五年ですから、十六、七年も前の、元旦の母のお夢です。ね。『大きな船に、いっぱいの青梅を積んで、それを亡くなりました弟ですね、弟が先頭を綱を引いて、私の家の中に、こう、入れよると。
大水がいっぱい入ってきて、その、家の中に船が入ってきよる。それを私が、一番がところを引いておる弟の霊が、一番先頭を承っておる。家内と妹は、もうこうしてひっからげてから、後ろからこう一所懸命押しよる。船の上には長男の勝彦が、まあだ小さいですから、乗ってから、ねじり鉢巻きして、日の丸の扇子を持ってから、そぉれ頑張れ頑張れちゅうて、その、船に乗ってから、言うておる、言いながら、家の中に青梅の船を押し込んだ』お夢を頂いたと言う。
それから、もう大変な、やはり、修行が始まりましたですね。おかげを頂きまして、その時にゃ、もう三日続けて、母が頂いとります。その一日目のお夢なんかは、『私は、あの、装束を付けてから、籾床、いや、稲床、あの、何ち言うですかね、苗床を作っておる』お知らせを頂いとりますもん。それが、やっぱ今日(こんにち)の事だったと、こう思うんですね。先程、永瀬さんの奥さんのお届けを聞かせて頂いても、そうです。亡くなったお父さんの霊様が出てみえられましてね、お夢のなかに。
『今年は 柿がたくっさんなったね』ち言うて。『ばってんから、その、梅もたくっさんなったち』と言うて、『懐の中に、梅をいっぱい入れてですね、奥さんの枕元に、みんな、その、出してから帰られた』ところを頂かれたち。ね。柿がいっぱいなった、と言うことは、ほんとに、つい最近まで永瀬さん家に、大変な、あった、難儀な問題の事です。ね。大変な難儀だったけれども、そこを辛抱しぬいてから。けれども、梅の実もたくさんなったね、とこう言うて、出して。そういう働きが出来られるようになっておる、ということ。霊様が。ね。
今日は、せめて一日は、永瀬の家の霊のために、今日一日は自分の里の霊のためにというような思いがです、段々、信心の中に出来てくるようになったら、私は、そういう信心が育っていってです、始めて今日今申します信心の培いと言うかね、地味豊かなというか、と言うようなものが育っていくのじゃないかとこう思います。それには例えば一が、例えば暖かい火鉢に、皆が寄ってくるようにです、ね、この、ほんとに、この寄ってくるような私はおかげを頂かなきゃ駄目って。
それがひとりの助かりじゃなくて、五人が十人、十人が二十人というような助かりになって来るおかげを頂かなければ。ね。今朝から、小野先生が出てみえて、「先生、もう今年こそは、ひとつ看護婦と女中のおかげを頂きたい」ち言う。もう、いくら看護婦が来ても、すぐ出て行く。いくら女中さんが来ても、すぐ出て行く、もてずに。おかしいじゃないかと。もう半ばあきらめておる。ね。だから、私は先生に申しました。「あんたの信心はね、あんまり人情が強すぎるて。
頭でばっかり行き過ぎるて。二、三日前に頂いた御理解じゃないけれども、先ず下の足元から。足元を乱さず心を汚さず、頭を使わずね。取り越し苦労をしてはならん。それに例えば、あなたの場合なんかは、もう先の先まで考えて、計算してからするもんだから、人がもてるはずがなか」て、私が。「もうこれは、私だけじゃありません。母もそういう、その、言うならめぐりを持っておる」て、今日、言ってました。
丁度、高橋さんところのコック長ですね、板場さんの長です、が、朝、御祈念に参ってきておりました。そこで、ストーブの所で、いろいろ話しておりましたから、あすこに参ってきておるとが、高橋さん所のコック長ですよて。ね。高橋さんの信心で、ああしていつも、ああして参ってみえる。しかも今日なんか、今日だけではないですけれどもです、どうぞ、三福寿司の繁盛を一所懸命願われると。
もう昨日なんか、大変なおかげを頂きましたち。もう、あの忙しい中に、何十人前の折を、料理の、お料理を作らんならん事になっとった。もう、とてもそれが間に合わんち。これは折角受けたのにどうするかと。材料も足らんと。そしたら、「神様にお願いしとるけん、何とかなるくさ」ち、大将が言われるけれども。私は責任上、とても心配だった、ち言うんです。ところが、その、先方から電話がかかってきてからね。
「十日に延びたから、十日にしてくれ」ちゅうてその、向こうから言うてきた。「まあ広大なおかげを頂きました」ち言うてかち、今日お礼を言ってるんです。「ですから小野先生、どうじゃろうか。あんたげの例えば看護婦がたくさん必要になるような繁盛になってくるて病院が。そして看護婦長なら看護婦長がです、小野病院のために祈られるような看護婦長が出来るようになったら、どんなに素晴らしい事じゃろうかて。あんたが信心にならなければ、そげな看護婦は出来んよ」ち、今日私はもうしました。
そしたら、いたく、その事に感動して、「そうですねえ」ねえ。「小野病院の事をです、産婦人科の事をです、看護婦長が祈るような、また看護婦が祈り添えしてくれるようなおかげ頂いたら、もう、院長も大丈夫ですね、安心が、心配いりませんね」て、言うて、その、「そうですねえ」ち言うて、そのことを、「そういうおかげを頂かんならん」と言うて、今日言うておられますようにですね。そうでしょうが。
問題は、高橋さんの信心の、いわばあの抱容力と、あの内容なんですよ。あそこだけではありませんでしょうが。支店の方の支配人であるところの、いづさだのほうですてね、新天町のほうの。あっちだって、店をあげて参ってくるでしょうが。やはり、私は高橋さんの信心に付いていきよるんだと、私は思うんです。何故、付いてこんかと。という所を、本気で、私は追求したらです、必ず「獅子心中の虫」が住んでおるからじゃないかと私は思うんです。
「うちの大将が金光様にゃ参りよるばってんち」と言うて、その付いて行こうなんて気持ちも起こってこない。いや起こってもです、あん人たちのことを見たり聞いたりしたら、もういわば百年の恋もいっぺんに冷めると言ったようなものが、この中にありゃせんかという事です。ね。そういうような事を、ほんとに私は、今年こそ追求してです、そういうものを取り除かせて頂くと同時にです、同時にいよいよ豊かな、ね、いわば種を蒔きゃ必ず芽が出るといったようなです。
地味豊かな信心をさせて頂いて、今年に、というお年柄に取り組まなきゃいけないと。ま、永瀬さん所の慰霊の御祈念を、今晩させて頂きましてから、次から次と、こう頂きます、只今のような事柄を、ま、とりまぜて申しましたけれども、その中からひとつ、信心が、いかにほとんな信心にならなければいけないかと。家族においても、また自分の周囲においても、自分の信心が、どう反映するかと。霊にまで、または自分の店の従業員の上にまで、自分の周囲にまで、こういう風に及ぼしていくことでなからなければ、ほんとの事ではない、という事です。おかげ頂かねばなりません。